シニアが行きたい大阪のレトロ建物 重要文化財「適塾」 緒方洪庵の「適塾」は戦災を乗り超えて現存しています 

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こんにちはkyokotobaです

今回は大阪の北浜に現存する緒方洪庵が開いた「適塾」を紹介します

別のブログで大阪のレトロビルを歩いて回ったことを紹介しました

その中に「適塾」も入っていました

レトロビルではなく日本家屋なのでレトロ建物とでも呼びましょうか

緒方洪庵と言えば西洋医学の学校である「適塾」を作った人として教科書で習うほど有名な方ですね

その「適塾」が当時の場所に家屋がそのまま残って保存されているのです

大阪市内でビルとは違う日本家屋が戦災を乗り越えて残っていることに驚かされます

1980年から一般公開されていて大阪大学が管理運営しています

そして訪れる人々に適塾の歴史や教育方針を伝えています

塾なので学校というイメージを思っていましたが、裏切られました

訪問してみると大商人の商家でした

平日だったので見学者も少なくゆっくり内部を見て回れました

説明掲示板もたくさんあるので「適塾」の塾生の暮らしや勉強の様子がよく分かります

しかも内部は数か所の写真撮影禁止の場所以外では写真はOKでした

オープンなところが好ましいですね

日本の近代化に貢献した緒方洪庵と「適塾」に興味があるシニアにおすすめです

緒方洪庵とは

幕末に活躍した日本の近代医学の基礎を築いた人です

1810年に備中、現在の岡山県で生まれました

8歳のとき天然痘にかかります

そのことが理由の一つかもしれませんが西洋医学を学びたいと思うようになりました

16歳のときに大阪へ行き蘭学を学ぶ塾に入門し、その後長崎の出島でオランダ人に医学を学びました

1838年に大坂に帰り医業を開業すると共に蘭学塾「適々斎塾(適塾)」を開きました

緒方洪庵は医学・教育・公衆衛生の分野での功績が高く評価されています

医学の分野では多くの西洋医学を学んだ医師を輩出し、彼らが日本各地で開業することで地域医療の向上に貢献しました

教育分野では適塾から多くの幕末や明治初期に活躍した人材を教育しました

福澤諭吉、大鳥圭介、大村益次郎、佐野常民らが有名です

公衆分野では天然痘の予防のために種痘の普及やコレラ対策、感染症予防にも尽力しました

緒方洪庵の人柄は温厚で人を怒ったことがなかったといわれています

ただ教育現場では厳しく指導した一面もあったそうです

1863年7月25日に54歳(数え年)で亡くなりました

適塾とは

西洋医学や蘭学を学ぶための私塾です

正式名称は適々斎塾(てきてきさいじゅく)です

緒方洪庵が1838年に開きました

現在の場所には1845年に商家を購入し移りました

適塾では一方通行の教え方ではなく教師と塾生が共に学び合って学問を深めるスタイルが採用されていました

門下生の数は1000人を超えるものと推定されています

そしてその中から幕末から明治初期にかけて活躍する大村益次郎(日本近代陸軍創設)、福澤諭吉(慶應義塾創立者)、高峰譲吉(アドレナリン発見者)、大鳥圭介(学習院院長)など多くの名士を輩出したことも功績の一つといえます

現在は国史跡・重要文化財として内部を観覧することができます

1980年より一般公開されています

また適塾は大阪帝国大学(大阪大学)の前身とされています

その関係で現在の適塾跡の管理運営は大阪大学が行っています

周辺は適塾史跡公園として整備されていて近辺のサラリーマンが昼時には休憩する憩いの場所にもなっています

アクセス

住所:〒541-0041 大阪市中央区北浜3丁目3番8号

電話:06-6231-1970

大阪市中央区北浜のオフィス街の中にあります

電車や地下鉄を利用することになります

付近には各路線の駅があり、どこからでも行けるのですが京阪電車淀屋橋駅か大阪メトロ淀屋橋駅が一番近いです

土佐堀通から1本南の内北浜通り沿いにあります

目印は御堂筋にできた淀屋橋ゲートタワーです

淀屋橋ゲートタワーと日本生命保険本店本館の間の筋を東に歩くと5分くらいで着きます

参観情報(2026年6月現在)

開館時間:午前10時~午後4時

休館日:月曜日(国民の祝日の場合は開館) 国民の祝日の翌日(土・日・祝日の場合は開館)               年末年始(12月28日~1月4日)

参観料:一般 400円 高校・大学生等 200円 中学生以下無料

淀屋橋駅から適塾へ

京阪電車淀屋橋駅と大阪メトロ御堂筋線淀屋橋駅は直結しています

今回は地下鉄淀屋橋駅から歩きました

京阪電車又は地下鉄の地下の改札口を出ると淀屋橋ステーションワンの地下の入り口があります

地上に出て淀屋橋ステーションワンと日本生命保険本店本館の間の道を東に進みます

意外と狭い通りなので注意しましょう

しばらく歩くと高層ビル街の中にレトロな民家風な建物が現れます

それが適塾です

この辺一帯は北浜と言い大阪ビジネス街の中心地になっていますが、江戸時代も商業の中心地でした

適塾はその商家の家屋を使っています

史跡公園

適塾に入る前に適塾の周りを囲む適塾史跡公園を歩いて見ました

緒方洪庵像が建てられていました

小さい公園ですが整備されています

近辺のオフィスのビジネスマンが休憩に使っていました

入館

玄関

玄関を入ると左手に大きな下駄箱があります

日本家屋なので土足厳禁です

靴を脱いで玄関部屋に上がります

次の部屋に受付があります

写真撮影はOKですが、写真撮影NGの場所があるので注意するように説明がありました

大きな荷物は奥のロッカーに入れることが出来ます

無料です

1階

受付を済ませていよいよ見学の開始です

パンフレットに書かれている順路で見学します

中庭の横を通って応接間に進みます

応接間と後方の客座敷が見えます

応接間と中庭に面したところに書斎があります

緒方洪庵の部屋で中庭を見ながらくつろげます

台所にも通じています

次の広い部屋は客座敷です

隣が家族部屋になります

緒方洪庵の奥さんの説明書きがありました

6男7女をもうけて緒方洪庵を支えたそうです

納戸を通って台所に行きます

台所は広いです

土間にはかまどや井戸がありました

1階は見終わったので2階に行きます

急な狭い階段なので注意が必要です

2階

2階に上がると板張りの踊り場があります

踊り場から見える史跡公園

女中部屋に続きます

そして次の部屋が有名なゾーフ部屋です

ゾーフ部屋とは「ヅーフ辞書」が置かれた部屋のことです

塾生は「ヅーフ辞書」と呼ばれる蘭和辞典の写本を使って研究に励みました

1冊しか無かったので夜も明りが消えることが無いくらい塾生が利用したそうです

次の部屋は塾生が寝泊まりする塾生大部屋です

福沢諭吉もここで塾生と一緒に寝食を共にして勉強していたのですね

大部屋横の小部屋

大部屋から1階の中庭が見えます

階段を降りると最初の玄関部屋に出てきます

これで見学終了です

見ごたえがありました

当時のままに保存されていて塾生が勉学に励みながら生活していた様子が体験できました

皆さんにも見学を是非おすすめしたいです

まとめ

緒方洪庵がいなければ、日本の医学は大きく遅れていたかもしれません

そして適塾が無ければ幕末・明治初期に活躍する人材の輩出も無く、明治維新もどうなっていたか分かりません

そんな歴史的に重要な適塾が現存していることに驚きました

それも北浜と言う大阪一のビジネス街の中にちゃんと保存されていることに感動しました

緒方洪庵と言う名前と適塾と言う学校の名前は日本人なら知らない人はいないのではないでしょうか

緒方洪庵という人物に興味がある方も適塾と言う学校に興味がある方、そしてレトロ建物に興味がある方も楽しめる場所となっています

なんせ本物なのですから歴史を全身に浴びる体験ができる場所です

日本の近代化に貢献した緒方洪庵と「適塾」に興味があるシニアにおすすめです

大阪のレトロビルにご興味がある方は紹介したブログ記事があります

よろしければご覧ください

こちらから

シニアが歩きたい大阪レトロビル巡り/美しいレトロな建築を探して大阪の街を歩こう | kyokotoba blog

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