こんにちはkyokotobaです
今回は桜満開の琵琶湖疎水を歩いてきたので紹介したいと思います
琵琶湖疎水は京都の桜の名所として紹介されていますが、疎水は滋賀県大津市から始まって京都まで続くので京都と滋賀の桜の名所なのです
滋賀の桜の名所の三井寺を訪れた時に琵琶湖疎水の桜の見事さに感動して琵琶湖疎水の行程を歩いて見たいと思いました

そして何と琵琶湖疎水は2025年に国宝に指定されました
正確には5か所の施設が国宝にされたのです
一層、琵琶湖疎水を歩いて見たいという気持ちが強くなり桜が満開の時を逃さず歩いてきました
ただ全工程を歩くことは距離的にも時間的にも無理なので今回は琵琶湖疎水の始まりの琵琶湖築地から第三トンネル入口まで歩きました
第一トンネル出口から第三トンネル入り口までの疎水は一般的に山科疎水とも呼ばれています
桜だけでなく有名な明治の偉人の扁額を見ることができ充実したハイキングでした

琵琶湖疎水には遊歩道が完備しているので気軽に桜を見ながら美しい疎水の流れに沿って散策することが出来ます
高低差がないので誰でも簡単に歩けるのも良いところです
当日も家族連れやグループの方々がハイキングの服装をしたり普段着だったり様々な格好で歩いていました
桜を見ながら国宝もある明治の史跡を歩きたいシニアにおすすめです
「琵琶湖疏水」とは
明治に作られた琵琶湖から京都へと水を運ぶ運河です

明治初期の京都は明治維新における東京遷都によって衰退していました
そこで京都の発展のために京都と大津を結ぶ運河、琵琶湖疏水の建設で京都の再生を計ったのです
琵琶湖疎水の水は水道用水や水力発電、農業用水や工業用水などに使われました
疏水を利用した琵琶湖からの水運も行われたことで京都の発展に寄与しました
第一疎水と第二疎水があります
第1疏水は1885年(明治18年)に着工し1890年(明治23年)に大津市三保ヶ崎から鴨川合流点までと、蹴上から分岐する疏水分線とが完成しました
第二疎水は大津市観音寺の始点から第1疏水の北側にほぼ平行して建設されました
全長約7.4kmあり蹴上で第1疏水に合流しています
京都府の年間予算の2倍という莫大な工事費を使った一大プロジェクトとなり、携わる技術者は当時最新の技術や知識を学んでいた若い才能が抜擢されました

また設計から建設まで日本人の力だけで成し遂げたことも偉業としてされています
現在でも様々な都市活動を支える重要な都市基盤施設として活躍しています
琵琶湖の疎水の魅力5点
・国宝に指定されたばかりの建築物・構造物を見ることができる
・トンネルに架かる明治の偉人の扁額を楽しむことができる
・建設に関わった明治の先人たちの苦労と歴史を知ることができる
・桜だけでなく夏の新緑や秋の紅葉も景観を楽しむことができる
・ハイキングコースとして歩くだけでも楽しむことができる

琵琶湖疎水は桜の名所として紹介されることが多いです
特に大津の琵琶湖疎水取水口から第一トンネル入り口付近とか蹴上インクラインは名所スポットですが、琵琶湖疎水の水辺には桜が並木が続いていて手軽なハイキングコースとなっています
もちろん夏には新緑、秋には紅葉といつ歩いても美しいコースです
そして2025年に新しく国宝に指定された琵琶湖疎水の建築物も見どころです

建築に係わる歴史を知れば知るほど琵琶湖疎水の価値を理解して歩くことが出来ると思います
国宝に指定されてますます観光客が増えるのではないでしょうか
今のうちに是非歩いて見てください
扁額(へんがく)を見て楽しむ
琵琶湖疎水のトンネルに架かる扁額を見て歩くのも楽しいです
扁額とは建物や門、鳥居などの高い位置に掲げた額のことです
何故見どころかと言うと琵琶湖疎水の扁額は明治の偉人が揮毫(きごう)しているからなのです
揮毫とは著名人や書家が依頼に応じて書いた看板の文字のことを言います
琵琶湖疎水の扁額には伊藤博文、井上薫、西郷従道、三条実美など明治を主導した偉人たちが揮毫しているのです

これらの扁額を見るために琵琶湖疎水を歩くだけでも価値があると思います
まして国宝に指定されたばかりのトンネルに架かっているのですから見るべきとも言えます
今回歩いて見学した扁額を紹介します
・第1トンネル入口の扁額
「気象萬千(きしょうばんせん)」

意味は「様々に変化する風光は素晴らしい」です
揮毫者は伊藤博文(初代内閣総理大臣)です
・第1トンネル出口の扁額
「廓其有容(かくとしてそれいるることあり)」

意味は「疏水をたたえて悠然と広がる大地は、すべてを受け容れる器を有している」です
揮毫は山縣有朋(初代内務大臣)です
・第2トンネル入口の扁額
「仁以山悦智為水歓(じんはやまをもってよろこび、ちはみずのためによろこぶ)」

意味は「仁者は動かない山によろこび、智者は流れゆく水によろこぶ」です
揮毫者は井上馨(初代外務大臣)です
・第2トンネル出口の扁額
「隨山到水源(やまにしたがいて、すいげんにいたる)」

意味は「山にそって行くと水源にたどりつく」です
揮毫者は西郷従道(初代海軍大臣)です
・第3トンネル入口の扁額
「過雨看松色(かうしょうしょくをみる)」

意味は「時雨が過ぎるといちだんと鮮やかな松の緑をみることができる」です
揮毫者は松方正義(初代大蔵大臣)です
・第3トンネル出口の扁額
「美哉山河(うるわしきかなさんが)」です

意味は「なんと美しい山河であることよ」です
揮毫者は三条実美(初代内大臣)です
第三トンネルの出口の扁額は以前撮った写真になります
今回のハイキングでは行っていません
これら以外にも琵琶湖疎水の建築物に扁額がかかっているのですが、それは今度歩いて見てみたいと思います
国宝に指定されたばかりです
2025年に琵琶湖疎水は大きなトピックスがありました
大津市から京都市にかけて24か所の施設で「重要文化財」として指定されました
そのうち5か所が「国宝」として指定されたのです
国宝の5か所は次の通りです
・琵琶湖疏水第一隧道(トンネル)

・琵琶湖疏水第二隧道

・琵琶湖疏水第三隧道

・南禅寺水路閣

・蹴上インクライン

今回は第一トンネルから第三トンネルまで見ることが出来ました
残念ながらトンネルの内部は「びわ湖疎水船」に乗船しない限り見ることは出来ません
それでもトンネルの入り口と出口から構造物の素晴らしさを見ることが出来ました
南禅寺水路閣と蹴上インクラインは別のブログ記事で紹介しているのでそちらをご覧いただければ素晴らしさがわかると思います
こちらからどうぞ
シニアが行きたい京都の桜の名所「哲学の道」から「蹴上インクライン」静かで穏やかな癒しの散歩道です | kyokotoba blog
明治の若い才能が活躍した国家プロジェクト
琵琶湖疏水は設計から施工まですべての工程を日本人の手で行った国家プロジェクトでした
しかも、その中心にいたのが若い技術者たちでした
工事の担当者は大学を卒業したばかりの田邉朔郎(たなべ さくろう)(当時21歳)

測量図を作成担当者は欧米の測量術を学んだ島田道生(しまだ どうせい)(当時33歳)などです
彼らを中心に日本で初めて竪坑(たてこう)を利用したトンネル掘削工法を採用するなど最新の技術を取り入れて設計から建築まで日本人だけで行ったのです

明治の新しい時代を象徴する建造物が琵琶湖疎水だったのですね
コース紹介
琵琶湖築地から第三トンネル入り口まで歩くことは一部山道なので難易度が高いです
今回は電車を利用することで第一トンネル入り口と出口間はパスしました
・京阪電車三井寺駅で下車して琵琶湖築地からスタートして第一入り口まで

・京阪電車追分駅で下車して第一トンネル出口からスタートして第三トンネル入り口まで
山科疎水と呼ばれているルートです
日本遺産 琵琶湖疎水HPより拝借

京阪電車三井寺駅から琵琶湖側疎水を歩きます
駅名が表すように三井寺に近い駅です

琵琶湖疎水はその横を流れているので歩いて琵琶湖に向かいます
琵琶湖築地(びわこつきじ)

琵琶湖から第1疏水への入口です
左岸に琵琶湖周航の歌で有名な旧制第三高等学校の旧艇庫が残されています

また近くに琵琶湖周航の歌の最初の歌詞『われは湖の子』が刻まれた歌碑が建っています

せっかく琵琶湖築地まで行ったのなら訪れてください
第1疏水取水口(だいいちそすいしゅすいこう)
琵琶湖から第1疏水へ水を取り入れるための取水口です

琵琶湖疏水の起点ともいうべき箇所です
取水口から見た疎水と三井寺の桜

大津閘門(おおつこうもん)

琵琶湖の水位は疏水の水位よりも高いために大津閘門は舟が行き来する時に水門を開閉して琵琶湖と疏水路の水位差を調整する役割があります
第一トンネル入口
第1トンネルは日本で初めて竪坑方式で造られた全長2,436mのトンネルです

トンネル入り口上部には伊藤博文の揮毫による「気象萬千(きしょうばんせん)」の扁額が見えます
大津側の琵琶湖疎水は桜の名所と言える見ごたえ十分な景観です

琵琶湖築地から第一トンネル入り口までの距離は短いので全て歩いて見てください
そして三井寺が近いので同時に見学することをおすすめします
第一トンネル入り口から出口の京都側には山を越えて歩くことになるのですが今回は電車で移動しました
京阪電車追分駅から第一トンネル出口まで

追分駅から第一トンネル出口までは結構距離があります
目印は国道161号線になります

追分駅から西に向かい国道161号線まで歩きます

それから161号線の高架下を道路に沿って北上します
行き止まりになりそうですが右折すると161号線に沿う道があります

藤尾小学校前の交差点があるので直進します

道路が二つに分かれるので左の道を進みます

そうするとローソンが見えてきます

第一トンネル出口はローソンの裏手になるのでローソンが目印にしてください
第一トンネル出口
ローソンによって飲み物とか食べ物を調達です

ローソンの裏側に出るとトンネル出口がみえます
場所は大津市ですが京都山科側のトンネル出口です
山縣有朋の揮毫による「廓其有容(かくとしてそれいるることあり)」の扁額が見えます

ここから山科疏水が始まります

山科疎水は第1トンネル出口を出てから日ノ岡までの区間のことを言います
桜の名所としても知られています

遊歩道が整備されているので車とかに邪魔されずのんびり歩けるのが良いですね

疎水と満開の桜が作る風景は素晴らしいの一言です

四ノ宮船溜(しのみやふなだまり)
四ノ宮にある船溜です

水路の幅を広げて荷物の積み下ろしをするための停船場です
現在では「びわ湖疏水船」の乗下船場の一つとなっています
元々琵琶湖疎水は左手に曲がって流れていたのですが地下鉄工事の関係でトンネルを掘って川筋を変えました
なので綾羽トンネルは昭和のトンネルなので国宝ではありません

旧疎水道を歩くことになります

東山自然緑地
山科疏水沿線の公園です

たくさんの人がお弁当を広げたり宴会をしたり思い思いにお花見を楽しんでいました
家族で訪れるのは良いですね
綾羽トンネル出口

これから第二トンネル入り口までは疎水の遊歩道がずっと続きます

安祥寺船溜(あんしょうじふなだまり)

水路の幅を広げて荷物の積み下ろし場所として停船場を設けています
琵琶湖疎水船に出会いました
一度は桜の下を船で周りたいですね

歩く人もまばらになってきました

桜並木が途切れる区間も結構あります

天智天皇陵の北側を遊歩道は続きます

天智天皇陵もブログで紹介しています
ご興味がある方はこちらからどうぞ
シニアが行きたい八角墳墓陵,天智天皇陵「御廟野(ごびょうの)古墳」乙巳(いっし)の変を起こした中大兄皇子(天智天皇)のお墓です | kyokotoba blog
そろそろ第二トンネルに近づいてきました

・山ノ谷橋(やまのたにはし)
鉄筋コンクリート橋です

山ノ谷橋は第二トンネル入り口の目の前です
周辺は公園になっていました

第二トンネル入口

第2トンネルは水路上で最も短く約124mです
井上馨の揮毫による「仁以山悦智為水歓(じんはやまをもってよろこび、ちはみずのためによろこぶ)」の扁額が見えます
第二トンネル入り口から第二トンネル出口までは山を迂回します
遊歩道は無いので一般道を歩きます


住宅街を歩きます

見落としそうな道なので注意してください
右折します

小道を下ると右手に第二トンネル出口が見えてきました
第二トンネル出口
西郷従道の揮毫による「随山到水源(やまにしたがいて、すいげんにいたる)」の扁額が見えます

一帯は公園になっています
ここからは歩道があるので分かりやすいです
新山科浄水場取水口があります

日ノ岡第11号橋
日本最初期の鉄筋コンクリート橋です


日本最初のコンクリート橋の記念碑が建っていました

第三トンネル入口
山科から蹴上に抜けています

松方正義の揮毫による「過雨看松色(かうしょうしょくをみる)」の扁額があります
ここから第三トンネルの出口までは遊歩道がありません
今回の琵琶湖疎水を歩く旅はここまでとします
地下鉄東西線御陵駅から帰ります
帰り路は分かりやすいです

三条通りに出たら左折します

御陵駅近くに琵琶湖疎建設で使用した煉瓦工場跡の碑があります

見学されることをおすすめします
まとめ
桜の名所として琵琶湖疎水を歩くつもりでしたが、歴史を知れば知るほど道中が楽しめました
2025年に新しく国宝に指定されたトンネルやトンネルに掲げられた扁額は多くの人に見てもらいたいです
京都の再興を願って明治の人たちが日本人だけで一大プロジェクトをやり遂げたのです
しかも現代でも琵琶湖疎水の水は京都の人たちの暮らしに役にたっていることが素晴らしいです
琵琶湖疎水沿いの遊歩道は整備されているのでどんな年代の方でも気軽に歩くことが出来ます
桜の時期を言わずどんな季節でも綺麗な風景が見えるでしょう
桜を見ながら国宝もある明治の史跡を歩きたいシニアにおすすめです
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